
昨年の11月頃、美大の通信課程で学びたいと考え始めました。
自分が住んでいるのが四国であること、そして低学年の子供がいることから、現実的に考えてフルオンラインで学べる京都芸術大学を選びました。フルオンラインとはいえ、キャンパスに行こうと思えば車で行ける距離でもあるので、「いざとなれば行ける」という選べる余白があることも決め手です。
授業内容を見ていたら武蔵野美術大学(ムサビ)も魅力的でしたが、今の私の環境からは現実的ではないと断念しました。
さて、京都芸術大学の通信教育部に入学して、もうすぐ2ヶ月が経ちます。
通信制大学で痛感する「自己管理」のシビアさ
この2ヶ月で一番痛感しているのは、カリキュラムの難しさでもなく、課題の量でもなく、「いかに自分で自分を管理するか」がすべてだ、ということです。
キャンパスに通うわけでもなく、チャイムが鳴るわけでもない環境で、生活の中に勉強時間を組み込むのは、想像以上にシビアな自立規制が求められます。
ただ、大人になってからの学びは、本当に面白いです。
自分の意志でお金を払い、自分が知りたくてテキストを開く。その行為自体に、10代の頃には分からなかった贅沢さを感じています。
資産形成中の30代、投資信託(NISA)に入れてもよかったはずの、自分の労働の対価を支払っている。お金の価値がわかる今だからこそ、むしろ一片も取りこぼすことなく学び尽くしたい、という意気込みさえあります。
一方で、現実には仕事や生活がどっしりと横たわっていて、やりたいと思った瞬間に好きなだけ進められるわけではありません。
まとまった時間が取れず、細切れにしか進まない現状には、ただただもどかしさもあります。
学生への羨ましさと、大人だから気づけたこと
社会人や家庭人は、おそらく学業を最優先にしてはいけない。
「学業が仕事」だと言われている普通の学生や、かつて自分が学生だった頃が、今の状況から見ると本当に羨ましく思えます。
けれど、じゃあ10代や20代前半の自分が、今と同じくらい学びの面白さに気づけたかというと、きっと無理だったろうなとも思います。
学生の時期は、まだ世界が広がり始めたばかりで、初めて経験することや、やりたい選択肢が多すぎる。将来への希望もあれば就活の不安もある。何が本当に好きで、自分に何が必要なのかを確信できるのは、むしろ一度社会に出て、生活の制限を経験した後だからこそなのかもしれません。
何が本当に好きか再認識できるのは大人になってからなのに、いざそれに気づいたときには、生活があって好きに進めることができない。
この、お互いのタイミングが合わないすれ違いのようなもどかしさを抱えながら、限られた時間の中にどうにかして自分の「好き」をねじ込んでいく。今週も、その戦いです。
「独学でもよかったのか?」という疑問への答え
入学前、独学という選択もありましたが、私の答えは完全に「NO」です。
前回の記事で書いた自分メモ(入学を決めた目的)を、今の状況で答え合わせしてみました。まだ2ヶ月時点ですが、現時点でのリアルな答えです。
自分一人では辿り着けない、“他者の視点”が欲しかった
講評があり、点数がつけられる環境は本当にありがたいです。家族や友人に絵を見てもらっても、きっと肯定的な意見しか返ってきません。レポートなんて、身内に読ませるのも申し訳ない。
だからこそ、プロの厳しい視点で客観的に自分の課題を突きつけられる環境が、本当に嬉しいです。次の一歩のための具体的な課題を提示してもらえるのは、お金を払って大学に入ったからこその価値だと実感しています。
“続ける仕組み”がほしかった
これも、物事を引き延ばす癖のある自分にはドンピシャで合っていました。
「自分のペースでいつでもいい」状況だと、生活の忙しさを言い訳に絶対に後回しにしてしまいます。シビアな締切という強制力があるからこそ、日々のタイムスケジュールを必死に組み立てて、なんとか動くことができています。
「基礎」を体系的に学び直したかった
私が専攻しているのは美術科・洋画コースです。
この2ヶ月で取り組んだのは、「デッサン」「心理学」「芸術教養基礎(スクーリング)」「芸術史講義・日本(オンデマンド授業)」。 もし独学だったら、自分の興味のある本を偏って読んで、デッサンも気が向いた時に描くくらいで終わっていたはずです。たった2ヶ月の間に、これだけ毛色の違う、けれど根底で繋がっている幅広く体系的な知識に触れられているのは、大学のカリキュラムならではです。
自分の“好き”に社会的な形を与えたかった
ただの趣味として「絵が好き」と言うのと、大学という枠組みに身を置いて学んでいる状態とでは、自分の中での美術に対する“位置づけ”や意識が全く変わるのを感じています。
「自分は今、体系的な学問として美術に向き合っている」という自覚が、日々のインプットや、こうしてブログで発信する言葉の一つひとつにも良い変化を与えてくれています。
現実と理想のバランスがとれる
なんだかんだ言っても、一番大切な家族や生活を守りながら、学びを両立できています。
四国にいながら、低学年の子供を育てながらでも、自分の「やりたい」を諦めずに済んでいる。この絶妙なバランスでいられる環境は、本当にありがたいことです。
ご年配の学生たちを見て思う、通信制大学との相性
オンラインの画面越しで他の学生の様子を見ていると、定年退職されたくらいのご年配の方もたくさんいらっしゃいます。
これまでの豊かな人生経験があって、さらに自由に使える時間もある。
そういう人生の先輩方にとって、この通信制大学というシステムはものすごく相性がいいんだろうな、と見ていて素直に感じます。
それに比べると、30代の今の私は、これからのライフステージもまだ流動的な時期。
学業に専念できる若い学生も羨ましいし、時間と余裕と経験値のあるシニア層も羨ましい。
そんな、あらゆる方向に無い物ねだりのもどかしさを抱えながら、それでも今の私だからこそできるやり方で、今後も向き合っていこうと思います。



